今、熱海が再び熱い

古来より湯治場として、また政治家や文人墨客の保養の場として栄えてきた熱海。大正14年の国鉄の開通、昭和9年の丹那トンネル開通を契機に、温泉地として大きく発展をとげてきた。ところがバブルが崩壊。大規模旅館のあいつぐ閉鎖もあり、観光地として活気を失ってきていた熱海が、ここ数年復活の兆しを見せている。
紺碧の相模湾、豊かな森、そして国内有数の湧出量を誇る温泉に、温暖な気候。もともとある熱海の魅力に加え、都心から新幹線で50分という近さもあって、旅館の跡地にはマンションが多く建設。都会と熱海を行き来する二地域居住の人たちや、老後の住処とする人が多くなり、訪れる人が増えだしたのだ。
06年9月に就任した、齊藤市長。「歩いて楽しい観光地づくり」そして「住みたくなる街づくり」を基本政策にかかげた。観光業の振興策としては、効果的な観光施策について調査・検討することを目的とする、市長直轄の「観光戦略室」を設置。併せて市長を座長とする「観光戦略会議」を設けた。その中で目指すべき姿を「進化するリゾート都市・熱海」と定め、観光プロモーションの推進、快適な滞在環境の整備、外国人観光客の誘致や、受け入れ体制の整備、熱海の魅力作りの4点について力を入れている。

その中でも「熱海の魅力作り」については、観光資源の開発という視点もあるが、それ以前に「観光とまちづくりは切りはなせないもの」として、市民と同様に観光客の立場にたって都市整備をすすめ、まちづくりをしていくことを構想としてまとめている。
加えて、温泉を核にしたまちづくりとして熱海七湯周辺の整備や、外湯施設の整備、ウォーターフロントの整備が早急に進められている。親水公園は現在、第2工区まで工事が終わり、残るは瑞穂橋の南側の第3工区のみ。波形のテラスのデザインはそのままに、車いすの人のためのスロープをつけたユニバーサルデザインを推進している。
記事の内容・情報に関しては、正確を期するように努めて参りますが、内容に誤りなどあった場合には、こちらよりご連絡をお願いいたします。

はてなブックマークに登録




